ある視点から考える

憲法改正について、ある視点から考えてみます。

私が30年前に教えてもらったことを基に考えたなら、

新憲法が国民にとって良いものか、

国民にとって悪いものか、

内容の良し悪しととかかわりなく、

今現在、あるいはこの数年間の内に、

憲法を変えて、良いのか悪いのかが問題と云えます。

もし、とても良い憲法でも、今、変えてよいのか、

それを問題とします。

時間軸から考えてみる。

今変えてよい時代の中にいるか、と云うことです。

言い換えると、今日本は憲法を変えて良い時代循環に位置するか、

そんな視点から考えてみる必要もないでしょうか。

何時まで変えなければならないとか、そんな問題ではありません。

まして党是とか己の名誉欲から変えるものではないでしょう。

私が教えられた時間軸を基に考えると、今のママが無難です。 

システム機能失調症

昨年から企業の不正が盛んに報道されています。

ここに来て日産のゴーン会長逮捕が大きなニュースになっています。

日産も含めこれまでは作る側の現場の不具合問題が主でした。

今度はトップの不正を含めた企業統治の不具合問題です。

ゴーン氏の問題はとうとう経営陣の不具合まで見せてきました。

ここでも感じられるのは、経営者層の無責任感の漂いです。

私が約18年前から感じるのは、政治も企業も含めての無責任さです。

この無責任の空気の漂いが政治や企業、また教育現場、学術現場にも

あるべきはずのシステムを運用させないか、或いは作っていないのではと思っています。

会社や組織で物事がうまく運ばない時、

システムがあるのか、ないのか、

あっても、何らかで、うまく機能していないのか

あっても、間違ったシステムなのか

システムがあっても、正しく運用されていないのか

システムが無視されているのかを見ると良いと思っています。

システムの運用が難しいのは、人間がつくり人間が運用するからです。

それを見せつけた、最たるものは、3.11の原発事故です。

それまでに、各原発で、大事に至らなかった事故や現象で

システムが正しく運用されていないのを見せていました。

小さな企業でも考えられない管理的ミスも見せていました。

ですから、原発稼働の世界一厳しい基準と言われても、そのまま受け取れません。

世界一の厳しい基準を基にしたシステムでも、運用が問題です。

人間はミスする生き物です。原発にはデーター不正で納品された部材が数多く使われています。

今までの企業の不正は、

バブル崩壊後のリストラによる現場熟練者、人手の減少も一因かもしれませんが、

私は、システム運用が不全に陥っている、システム機能失調症と捉えています。

国のトップから企業、教育機関のトップまでの無責任ぶり、

国のトップがシステム(憲法、法律含む)を無視、

或いは自分の都合の良いように運用させる

会社の管理システム(品質管理、生産管理、ISO、GMP、経理財務管理他)を無視、

品質、安全性よりも、利益、効率、生産性、納期を優先してしまった。

私も、効率、生産性、利益を追求していた人間です。

ですが、品質と安全性、衛生性を合わせて追求していました。

食品や薬品、医療に関連したものを作る以上当たり前の事です。

これは、創業者である父の「モノだけを作れば良いと思うな、その中に専門的知識と、親切心を入れて作ろう」の制作者心得が基礎になります。

小さな会社では、不具合品は命とりに繋がります。

会社、経営者、家族も生活が吹っ飛ぶことに繋がります。

機械を、生産を止めたくないのが人情です。

生産停止の条件を決め、口酸っぱく教えて、

製品に、機械にその条件が見えたら生産を停止させました。

上場会社の社長が、会長が、いくら不具合を出そうと

いくら赤字を出そうと、破綻しようと、

形だけにみえる、頭下げてのごめんなさい。

国のトップがいくら失政しようと、災害で死者がでようと、

責任を取って、全財産投げだした話は、聞いたことがありません。

若い時、セミナーで、何から何まで社長の責任と教えられました。

ゴーンさんの様な問題はこれで終わりでしょうか。

国内海外ともに、もう一段上の政治、企業のトップ層の不具合が、

もっと大きなシステム機能失調症を晒してくるような気がします。